安宅

兄の頼朝と不仲になった義経(子方)、弁慶(シテ)一行は奥州藤原氏をたよりに 山伏姿となって都を出発し、北陸路をくだります。

安宅に着いたところで一休みしていると、 義経が安宅に関所ができて山伏を通さないという噂を聞いたことを弁慶に言います。 弁慶は他の者と相談し、関所を打ち破るべきだという強行な意見も出ますが、 先々のことを考えて、義経に強力の荷物を背負わせ、 笠を深くかぶらせて弁慶らの後を歩かせることにします。

関所を弁慶らが東大寺建立の勧進の為の客僧だと言って 通ろうとすると関を守っている富樫(ワキ)が、 ここは山伏に限って通さない関だと言い、昨日も山伏を切ったばかりだとも言います。 弁慶は我々もここで切られてしまうのかと最後の読経を行うと、 本当の山伏かもしれないと思った富樫は、 勧進帳を読むように命じます。 勧進帳がないので、代わりに往来物の巻きものを取りだし弁慶が勧進帳のふりをして読み上げると、 人々はその迫力に圧倒され恐れをなして弁慶一行を通過させます。

その後を強力に扮した義経が関を通ろうとすると、 義経だと見破られ、止められてしまいます。 そこで弁慶はよろよろと遅れてついてくるから怪しまれるのだと、 義経が持っていた金剛杖を奪い、義経を叩きまくり、 弁慶その他の山伏は富樫に詰め寄ると(正確にはその他の山伏が富樫に詰め寄るのを弁慶が押しとどめる)、 富樫は間違いであったことを認め、関を通過させました。

関所を無事通過した義経らが休んでいると、 富樫が酒を持って先ほど疑ったことを謝りに来て、弁慶に舞いを舞わせて、 一行は奥州へと急ぐのでした。


上品で知的な弁慶という印象を受けました。 弁慶が剛力となった義経を杖で打ったのは弁慶のとっさの機転というより、 最初から計算されたことであったということでしょう。

地謡がマイルドというか、何と書けばよいのかわかりませんが、 丸みのある謡い方で、たいへん心地が良かったと感じました。

弁慶が勧進帳の代わりの巻きものをとりに行くため後見座へ行くときに 後ろに並んでいた山伏がサッと二列に分かれるところや、 最後に揚げ幕へと急ぐところなどのキビキビした動きが印象的でした。

畏れ多いことを書かせていただくと、 シテが声を出そうとすると頭が揺れるのがちょっと気になりました。

テレビで観世流の安宅を見たときは、勧進帳を読むときは立っていたように 記憶していますが、宝生流ではしゃがんで読むんですね。



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