筋肉娘の憂鬱

橋宗 優里

(5)

「……でさ、聞いてるの、未来?」
 聖子の言葉にはっとする。
「あ……ごめん、何?」
「だから、例の抗争の決着、今日の午後三時から道場でつけるんだって。見に行こうよ。ノミ屋が出て、一口五百円でカケができるんだって。現在、本命がやくざ屋さんに助っ人を頼んだナンパ組、対抗がOBまで引っ張り出した走り屋組。大穴が、かっこだけで喧嘩になると負けの極悪組。未来、どこか勝つと思う?」
「どこだっていいわよ。あたしには関係無いもの」
 そんなことより、あの後、東山さんどうしたろう? ちやんと、傷を冷やしたかな。ひょっとしたら、まだ痛んでいるかも知れない。
 ああ、でも、昨日の東山さん、素敵だったあ。まさか、あたしを守ってくれるなんて、思ってもみなかったのよね。
 ああ。
 昔……小学生の頃からの、憧れだったのよ。あのシチュエイション。
 小さい頃から、どちらかというとたくましくて、向かうところ敵なしって感じだったから、守ってもらったことなんてなかったのよね。
 それが。
 うふ。うふふ。
 つい、にやけてしまう。
 ああ、もう。あたし東山さんのためなら、何だってするからね!
 辺りを気にせず、にやけまくるあたしを、聖子は薄気味悪そうに見ていた。
 うふふ。うふふふふ。
 聖子かどう思おうと構わないわよ。
 今日も、一緒に帰るんだもんね──!

 ……でも、約束した下駄箱の前には東山さんはいなかった。
 そのかわりに、紙切れが一枚と生徒手帳が、ジャックナイフで下駄箱に縫い止められていた。
 紙には下手くそな字でこうあった。
『彼氏に会いたかったら、一時半までに旧体育用具室まで来い』
 これ、一体どういうことよ?
 縫い止められた生徒手帳ほ、確かに東山さんのものだった。
「どうしたんだい、未来ちやん?」
 声をかけられ振り向くと、そこに時夫がいた。
 時夫は、あたしの手から紙切れを取り上げた。
「なんだこれ。旧体育用具室って言ったら、極悪組の溜まり場だぜ。……彼氏って誰? 俺はここにいるぜ」
「東山さんよ! 返して!」
 あたしは紙切れを引ったくった。
「東山って、昨日の昼休み、未来ちやんに近づいて来た奴だろう?」
 時夫は、真面目な顔で言った。
「あの後、気になって少し調べさせたんだ。そしたら、あの東山が極悪組の奴等がよく行く店に、入って行くのを見たって人がたくさんいたんだ」
「それがなんだっていうのよ!」
 あたしは言った。
 そうよ、極悪組に関わりがあるなら、昨日の東山さんみたいなこと、できるわけないわよ!
「とにかく行かないほうがいい。あの東山って奴は、ただ者じゃないんだぜ。しかも、清流高校四大グループがゴタゴタしてるこの日に、こんな呼び出し……」
「そんなこと、関係無い!」
 あたしは、時夫にラリアートをかました。時夫は、見事にひっくり返った。
「東山さんは、あたしを守ってくれたのよ! その東山さんに何かあったら、今度はあたしが、東山さんのために何かしてあげる番なのよ!」
 あたしは、旧体育用具室へと走った。

 校庭の隅にあるプレハブの用具室は、煙草の煙で充満していた。
「よく来たな。筋肉娘」
 暗い用具室の中には、極悪組の面々がそろっていた。その中に、後ろ手に椅子に縛り付けられた東山さんがいた。
 東山さん……ひどい。顔中、アザだらけ。これは、昨日の跡じゃなくて、今日つけられたんだ。
「佐伯君……」
 掠れた声さえ、痛々しい。
「おっと、近寄るんじゃない。ここで暴れたら、こいつの面にパックリ開いた傷がつくぜ」
 駆け寄ろうとすると、東山さんにナイフを突きつけた男が言った。
 いくらあたしでTも、あのナイフが三センチ動くまでの間に、こいつ等をやっつけることはできない。手も足も出ないって、こういう状況を言うんだ。
「……どうしようって言うの?」
「なに、ちょいと頼みを聞いてほしいんだ。あんたにとっては、大したことじゃない」
 男は、ナイフをもてあそびながら言った。
「今日の『空手の試合』に出て、勝ってほしいんだよ」
「な……」
「簡単だろう? 相手は合計七人、大混戦のバトルロイヤルだ。最終まで勝ち残った人間が、勝者ってわけだが、そいつにうちの組のたった一人の代表として出てもらいたい」
 こんな形で、四大グルトプの抗争に巻き込まれるなんて……
 あたしは唇をかんだ。
「勝てば、こいつは解放してやろう。負けたら、二度と見られない面にしてやるよ。……断われないよな?」
 にやりと、男は笑った。
「佐伯君……相手にはやくさだっているんだ。危険過ぎる。俺のことは構わないから……」
「うるせえ!」
 東山さんの言葉が終わらないうちに、男は東山さんを殴りつけた。
「やめて!」
 あたしは叫んだ。
「……言う通りにするわ」
「賢明な選択だな」
 男は高らかに笑った。

「ちょっと、未来。どうするつもりなの?」
 頼まれた物を持って来てくれたお母さんが、心配そうに言った。
「ん、ちょっとした、コスチュームプレイに必要なの。ありがとう」
「そう、それならいいんだけれど……」
 お母さんは、首を傾げながら帰って行った。
 そりゃ、そうよね。
 お父さんが、あたしがリングでデビューする時のためにと用意してくれていた、リングシューズとコスチューム、そしてガウン。こんなもの、何に使うのかって思うわよね。
 まさか、これから乱闘するのとは、お母さんには言えない……けど、これもあたしの恋のためよ。
 あたしは誰もいない更衣室で着替えて、リングシューズの紐をきゅっと締めた。
 根性で、東山さんを守ってみせるんだからね!



 道場には、中央に特設リング、その周囲に観客席が作られていた。
『ついにやってまいりました、華燭の祭典、ブラッディー・カーニバル。校内四グルー
プの、血で血を洗う抗争のクライマックスです』
 なんということか、放送席まで作られてる。
「いいか、もしも負けたら……」
 セコンド代わりについた極悪組の一年生が言う。
「うるさいわね。勝てばいいんでしょう、勝てば!」
 あたしはリング・サイドで屈伸運動をしながら言った。
「開始の合図は、放送席のゴングだ。ルールは、飛び道具なし、リングアウトもなし。ただ、リング外の一般の人間に手を出したら、即、退校処分になる。当然、失格でグループの負けは決まっちまう」
「要するに、ゴングが鳴った時にリング内にいる人間全部、戦闘不能にしちゃえばいいんでしょ」
「その通り。さあ、負けるんじゃねえぞ」
「ふん」
 あたしは、ガウンを脱ぎ捨て、トップ・ロープ越しにリングに降り立った。
 観客席がどよめく。
『なんと、ナンパ組と同じく、極悪組代表もたった一人! しかも水着にポニーテールの女性です!』
 おおかた、放送部員だろう、にわかアナウンサーがわめく。
 リングの上、走り屋組コーナーには、揃いの皮ジャン姿の男三人が、手に手に鉄パイプを持って立っている。ナンパ組コーナーには、刺青背負ったやくざ屋さんが一人、威嚇するように背中を向けていた。硬派組は、空手部の主将と、柔道部重量級選手、そして番長さん御自ら御出馬だった。
「来るとこ、間違えたんじゃねえか、ねえちゃん」
 走り屋組の一人が、いやらしい笑いを口元にへばりつかせて言う。
 ふん。
 みてらっしやい。あんた達なんて、十分でのしてあげるから。
 そして、ゴングが鳴った。

 いま、高らかにゴングが鳴り響きました、ここ清流高校特設リング……おおっと、いきなり鉄パイプを振り上げ、走り屋組の一人が、極悪組の女性に襲いかかった! これはひどい! 相手は女の子……
 おお──っ!
 し、信じられません、水着姿のか弱い美少女が、鉄パイプを避けざまにラリアート一閃、走り屋組の一人をマットに沈めます。その上、ボディーにエルボーを叩き込む! 徹底しています!
 逆サイドでは、硬派組柔道部山下、ナンパ組の助っ人、清流組組員、銀バッチの安さんとにらみ合いです。
 おや、なんでしょう? 安さんが、放送席に向かって、何かアピールしています。
 あ、はい。
『おちゃめなヤッちゃんと呼んでくれ』とのリクエストです。よゆうですねえ。
 あまりの余裕に激昂したか、柔道部山下、掴みかかります。しかし、ヤッちゃん、襟を取らせない。これでは柔道では太刀打ちできない。おっ、山下の顔面に右ストレートが炸裂! 顔面に左右のパンチを叩き込む。パンチ・パーマがパンチってかあ?(シーン)……失礼しましたあ。
 さあ、気を取り直して中継を続けましょう。
 その向こうでは、走り屋組OB通称ジョニー、空手部大山を相手に苦戦中。手にしていた鉄パイプは、大山のキックにより、リングの外に飛ばされています。
 硬派組番長は、二人目の走り屋組を、見事なハイキック一発でリング外に叩き落とした極悪組の女性に迫ります。まず、左手を組み……おっと、番長、右手を組むのを嫌います。……今、がっちり両手を組みました。力べです。これは女性には不利か?
 ……いや、負けていません。むしろ、番長押され気味! 一体この女性は何者なのでしょう?
 ……ああ。今、憎報が入りました。
 ただいま、戦っております美少女は、一年八組、佐伯未来さん、十五才。先日、硬派組の面々をのしたと有名になった『マッスル・ガール』です。ああ、なるほど、このファイトにも納得ができますねえ。
 番長、押され気味、押されています。おっと、番長、離れます。
 すかさず、マッスル・佐伯、ローキックを放つ。そして倒れたところをアキレス腱固め! 関節技もこなします、マッスル・佐伯!
 別サイドでは、今、おちゃめなヤッちやんが、柔道部山下をリング下に蹴落としました。……ああ、これはひどい。顔面血だらけです、山下。これは、救急車を呼ばなくてはいけませんね。
 さあ、山下を倒したおちゃめなヤッちゃん、ジョニーと向かい合っている空手部大山に、背後から襲い掛かった!
 後ろに気を取られた大山のボディーに、ジョニーのフックがめり込む。すかさずヤッちゃんの、エルボーが首筋に入る! 敵同士、不本意ながらの連係プレイです! 大山無惨! 人間サソドバックと化しています!
 一方、マッスル・佐伯、硬派組番長に、サソリ固めをかけています。こうしてじわじわスタミナを奪い、同時に他の選手の共倒れを待つ。共倒れとまでは行かなくとも、対戦相手は少なくて済み、相手は疲労しているわけです。考えています、マッスル・佐伯。眉目秀麗、才色兼備のこの少女、一騎当千のつわものです!
 ああ、今、空手部大山、リング下に落とされました。同時に、走り屋ジョニー、おちゃめなヤッちゃん、向かい合います。昨日の友は今日の敵、ジョニーは、両拳をあげてファイティング・ポーズをとります。軽いフットワークから、ジヤブ、ジャブ、右ストレート。しかし、応えていません、ヤッちゃん。さすがやくざ、打たれ強い! ジョニー、青ざめます。
 ヤッちゃん、ジョニーをコーナーに追い詰めた。おもむろに右手を上げ……顔向を鷲掴みだ、クロー攻撃です。そのまま、コーナーに後頭部を叩きつける! これは効いた! ジョニー、頭を押えてうずくまります。その間に、ヤッちゃん、コーナーのクッションを外します。鉄柱が剥き出しになる。これはまさか……
 ああっ! やっぱりそうです、ジョニーの髪を掴み、引きずり起こして頭を鉄柱に叩きつけた! ジョニーの額が割れています、大流血! 場内の女性の悲鳴が聞こえます。ジョニーは自ら、リング下に逃げます。敵前逃亡は、走り屋組ではヤキ入れの決まりです。ジョニー、これはみっともない。二度とOBづらできません。
 ああ、今、硬派組番長がリング下に転がり落ちました。意識がないようですねえ。どうやら、締め技で落とされたようです。
 さて、残りましたのは、下馬評通りのナンパ組おちゃめなヤッちゃん、そしてダーク・ホース、華麗なるアマゾネス、マッスル・佐伯です。
 マッスル・佐伯、緊張した面もちで、身構えます。おおっと、ヤッちゃん、無造作に襲いかかります、これは無謀か? マッスル・佐伯、体をかわしてローリングソバット! ああ、しかし、これは効いていない。体重差が、ここにきて悔やまれます、マッスル・佐伯。どうしても威力が無い。
 マッスル・佐伯、焦ったか、次々とキックを繰り出します。ハイキック、ミドルキック。いやあ、身良差三十センチはあるヤッちゃんのこめかみを正確に狙ったハイキックは見事。しかし、こたえない! マッスル・佐伯にとっては悪夢のようでしょう!
 おお──っと、ヤッちゃん、蹴り上げた足を鷲掴みにした。そのまま、持ち上げる。十五才の少女の体が、人形のように持ち上げられます! これはすごい怪力!
 しかし、マッスル・佐伯、延髄切りできりかえします!
 思わず手を離すヤッちゃん。マッスル・佐伯、すかさずバックを取り……
 ……おおっ!
 驚くべきことが、この会場で起こっています! ヤッちゃんのバックをとったマッスル・佐伯、バックドロップだあ! 更に、百キロはありそうな巨体を、頭よりも高く持ち上げてボディスラム!
 これはさすがに効いたか、ヤッちゃん、起きあがれません。
 マッスル・佐伯、ここぞとばかりにトップ・ロープに上がり……ムーン・ソルト・プレス! 華麗なる月面宙返り、決まったあ!
 決まりました!
 マッスル・佐伯の勝利です!

(6)へつづく


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