「お帰りなさい、あなた。遅かったのね。御夕飯、すぐに温め直すわね。
あ、驚いてくれた? 豪華なディナーでしょう? 頑張って作ったのよ。
あなたの好きなビーフシチューにサーモンのマリネ。ロールパンは大蔵屋に特
注したの。サラダ......私はパリパリのレタスが好きだけど、健康を考えて温野
菜のサラダ。シチューなんて、半日煮込んで、もう最高の味なんだから。
ちょっと奮発して、ワインも用意したのよ。ほら、ドイツワイン、好きでしょ
う?
どうして、こんな御馳走を用意したのかって?
いやだ。あなた、分からないの? あなた、今日が何の日か、分からない?
もう。忘れっぽいのね。
結婚記念日でしょう? 私とあなたの、四回目の。
ほら、席について。あなたはワインを開けて。すぐ、シチューを温めるから。
ねえ、おいしかった? おいしかったでしょう?
あなた、覚えてる? 結婚したばかりの頃のこと。
私、実家が和食党だったから、ほとんど洋食を作れなかったのよね。生野菜の
ほかには、あなたの好きな豪華な洋食を御夕飯に出すことができなかった。
あなたは『君の料理の腕と結婚したわけじゃない』って言ってくれたわよね。
『少しずつ覚えればいいさ』って。
そして、一番最初に覚えたのが、あなたの好物のビーフシチューだったのよ
ね。最初のシチューなんて、間違ってみりんを入れちゃったのに、あなたは『上
出来だよ』って、笑って食べてくれた。
どう? 四年前とくらべて。
そうでしょう? おいしかったでしょう。あなたのために、四年も練習したん
ですもの。
ああ、そう。ちゃんと、デザートワインも用意したのよ。ベーレンアウスレー
ゼ・アイスワイン。
当然、高価だったわよ。へそくり、下ろして買ったの。
もったいないって、だって記念日よ。二人の記念日。けちくさいこと言わない
で、乾杯しましょう。
────ああ、本当においしい! やっぱり、ワンランク上のを買ってよかっ
た
え、あら。今日の私、そんなにおかしい? 陽気すぎる? そうかしらね?
あのね。プレゼントがあるの。これ開けてみて。
包装紙なんて、やぶいちゃえばいいのに。几帳面なのね。
あ、そうそう。あなたが帰ってくる少し前、電話があったの。
あの女性から。
『旦那様を今からお返しします』ですって。
────どうしたの? 手が止まってるわよ。
一月くらい前にも、電話があったの。あの女性、勝ち誇ったように言うのよ。
『彼は、奥様と別れてくれると約束してくれました。私のお腹の赤ちゃんを、私
生児にするわけにはいかないって言ってくれたんです』って。
あの女性、会ったことはないけど、電話でのしゃべり方は嫌い。私を小馬鹿に
しとような語り口なんですもの。
ねえ、あなた。手が止まってるって! 早く開けてよ。これが最後の結婚記念
日のプレゼントなんですもの。
そう、最後よ。
これが最後の晩餐。最後の結婚記念日。
ねえ、あなた。
いつから、おかしくなってしまったのかしらね。
私、頑張ったのよ。
あなた好みの料理を覚えて、味付けを覚えて、あなたの好きなワインの名前を
覚えて。私を愛してくれたあなたのために、あなたの理想の奥さんになろうと
思っていたの。
ねえ、結婚してから私達、一度も喧嘩なんてしてないわよね。あなたがイラつ
いて怒鳴り散らしても、私、怒鳴り返したりしなかった。黙って聞いてた。──
──だって、そういう奥様が、あなたの理想だったんですものね。
『日本的な、大和撫子という感じが理想だな』って、結婚する前、あなたはいつ
も言ってたわよね。私、義母様に会って、理由を知ったの。
義母様、とっても気さくな方で、義父様を圧倒してしまうような方で、だか
ら、あなた、義母様とは正反対の『奥様』が理想だったのよね。
けれど、気のせい?
私があなたの理想の『奥様』に近づくほど、あなたの笑顔が少なくなっていっ
たように感じるの。
それに、あの女性。電話でのしゃべり方、義母様にそっくりだと思った
いいのよ、言い訳しなくても。こんなことは、どうでもいいの。ただ、思い付
いただけ。
ねえ、おいしかったでしょう? 御夕飯もワインも。最高のディナーだったわ
よね? 最後にふさわしかったわよね?
そうでしょう?
ねえ、まだ、プレゼント、開けてくれないの? 最後のプレゼントなんだか
ら。きっと気に入ってくれると思って買ってきたの。ラッピングが気に入らなく
て、私がラッピングし直したのよ。
中身? 開けてみて。
素敵でしょう? 握りが銀の細工のナイフ。銀ってね、魔除けの力があるんで
すって。ほら、私のも。おそろいなのよ。切れ味は最高よ。ちゃんと研いでも
らったから。ほら、こんなに。
あなた、どうしたの? 恐い顔して。
どういう意味かって? 分からない?
私はあなたを愛しているのよ。
あの女性が、あなたを私から奪うなんて許せない。あなたが私の側から、あの
女性の元へ走るなんて許さない。
結婚式で誓ったでしょう? 『死が二人をわかつまで』って。誓いを破って
は、いけないと思わない?
ええ、そう。そういうこと。
『死が二人をわかつまで』
分かってくれた?
だめよ、行かせない!
あなたを行かせるくらいなら、私があなたを
狂ってなんかいない!
嫌よ! 行かせない!
あなた!」
ねえ、あなた。
私、本当にあなたを愛していたのよ。
本当よ