人には言えない……

橋宗 優里

(2)

『そこ』は、二十畳位の広さの部屋だった。
 天井にはシャンデリア。壁紙はシンプルなベビーピンクのストライプ。足元に
は柔らかいじゅうたん。部屋の中心には、アンティークなテーブルと椅子のセッ
ト。側には低いソファーがあり、全体的に、極めて少女趣味なコーディネイトが
されていた。
 ……それはまだいい。
 しかし、右側の壁際にあるのは、一体なんなんだ?
 製図用の机。ミシン。家庭科室にあるような、胴体だけのマネキン。そして、
ハンガーにかけられたドレスの山。巨大なテーブルと、その上の色とりどりの布
地の山。
 左側の壁際には、もっとわけのわからない物があった。
 右側にあるような製図用の机とデスクライト。そのとなりのサイドテーブルに
は、『ペン軸』と『羽根ぼうき』と『定規』と『インク』、綺麗にそろった『鉛
筆』。そのまたとなりには、巨大な本棚が二つ。サイドテーブルから遠いほうの
本棚には、何やらぎっしり本が入っているのだが、サイドテーブル側の本棚には
何も入っていなかった。
「さあ、入って。ひとまずお茶にしましょう。
 朝倉君は何にする? コーヒー、紅茶、ウーロン茶。ジュースもあるけど?」
 はしゃぎながら、有栖川は言った。
「ちょっ……ちょっと待てよ!」
 俺は慌てた。
「貴様ら、何考えてるんだ? なんで学校の真下に、こんな地下室なんかあるん
だよ……!」
「まあまあ、そんなことより、おいしいケーキがあるのよ」
 有栖川はいそいそとお茶の仕度を始めた。奥に小さなキッチンと食器棚がある
のだ。制服の上から着けたピンクのエプロンが、異様なほど似合っていた。
 ゾクリと、背筋に悪寒が走った。
 こいつ等、一体何者なんだ? これだけの地下室を作るのに、いくらかかるか
考えてみるだけで、この二人がただ者でないことはわかる。
 ただ者ではない。それがわかるうえに、目的がわからないから余計に怖い。
 これは、三流学園サスペンスだ。眉村卓のマネッコの世界だ。かかわりあい
に、なりたくない。
「お茶は結構。俺、帰るわ」
 俺は後ろ向きのまま、ドアに手をかけた。
 ここから逃げ出したら、金輪際、地学準備室には近づくまいと心に誓う。
 しかし……
「帰るって……朝倉君。あなた、気付いてないの?」
 有栖川は苦笑した。そして、真っ直ぐ左側の机とサイドボードのある一角を指
差す。
「『あれ』が、あなたのために用意された物だってこと」
 予想はしていた。してはいたが、その言葉を聞いたとき、俺の体はぶざまに震
えた。
「あなた、漫画を描いているんでしょう? それも、少女漫画」
 有栖川の声は、俺にはあざけっているように聞こえた。

 たっぷり二十秒の沈黙の後、俺は大きく息を吐いた。
 唇をつり上げ、苦笑を形作る。
「少女漫画? 俺が? はっ……何を証拠に……」
 こうなったら、シラを切り通すしかない。
 だってそうだろう?
 本人にとっては不本意でも、『左の朝倉』なんてあだ名を持つ人間が、仮にも
『不良少年』というイメージの定着している人間が、少女漫画を描いているなん
てバレてみろ。全校中の、いや、この辺り一帯の高校生中の笑い者にされてしま
う。
 それだけは嫌だ。死んでも嫌だ。
 そんなことになるくらいなら、あれが不良生徒だと後ろ指をさされるほうが、
まだマシだ。
 だからここは、絶対にシラを切り通さなくてはならないのだ。
「証拠ねえ。いくらでもあるわよ」
 有栖川は笑った。
「まあ、とにかくこちらへ来て座ってよ。どうせそのドア、ロックしてあるんだ
から。ね、祐一郎」
 渡辺はうなずいて、キーホルダーにぶら下がった鍵を俺に見せた。
「あの鍵でロックを解除しないかぎり、出られないわよ。ところで朝倉君、何を
飲む?」
「紅茶。少しジンを入れたヤツ」
 観念して、勧められたアンティークの椅子に座りながら、俺はわずかな抵抗を
した。
 有栖川は、少し目を見開いてから笑った。
「OK。少し待っててね」
 いそいそとキッチンの方に行く。
「畜生。ここには酒まで置いてあるのか」
 思わずつぶやくと、隣に座った渡辺が笑った。

「最初に変だと思ったのは、あなたのあだ名だったの」
 有栖川は俺の前に紅茶、渡辺の前に日本茶、自分の前にミルクティーを置き、
席についてから切り出した。
「『左の朝倉』……これは、ケンカの時、左拳で相手をKOするところから付い
たあだ名よね? けれど、あなたは右利きでしょう?どうして右拳を使わないの
かしら?」
「雑魚相手に利き腕を使うなんて、俺のプライドが許さないのさ」
 俺は紅茶を飲みながら言った。……本当にジンが入ってやがる。
「それは嘘ね。一度あなたのケンカしているところを見たことがあるの。あれ
は、右手を使わないんじゃない。右手をかばっているのよ」
 俺は内心舌をまいた。
 ケンカ相手の豊川高校の奴等さえ気付かないことなのに、大した娘だ。
「右手をかばうのは、その必要があるからでしょう? 右手で何かをしなくては
いけないから、かばうのでしょう?
 そこまでわかれば、後は簡単よ。
 右手を使うことで限定される何か──右手の繊細な動きが必要な何か。あなた
の中指のペンダコを見れば、それが何かを『かく』ことだというのはすぐわかる
わ。けれど、文章を書くのには今ではワープロなんて便利なものがある。右手一
本イカレたって、大したことじゃないわ。そうしたら残るのは、『描く』こと
よ」
 有栖川の目が、上目使いに俺を見つめる。
「後は、ほんの少しの調査で済んだわ。
 あなたの家の家政婦さんが、毎月少女漫画雑誌の発売日に、書店でそれらを購
入していること。あなたが二駅離れた『文画堂』という画材店で様々な買い物を
すること。ペン先、製図用インク、そしてスクリーントーン」
 有栖川は、ティーカップを持ち上げながら言った。
「あたしの言っていること、間違っている?」
「間違いだらけだと言いたいところだがね」
 俺は、今度こそ本当に観念した。
「で、あんたはどうするつもりなんだい? そんなことを調べて、俺を脅迫しよ
うとでも考えているのか?」
「ぶっ!」
 隣で、渡辺の野郎が吹き出した。
「あなたまで誤解するのね」
 有栖川は、スネた様に唇を突き出してふくれた。
「いいわよ。脅迫してほしいって言うんなら、脅迫してあげる」
 どうやら、薮をつついて蛇を出したようだ。
「待った。俺、脅迫してほしいなんて……」
「もう遅いわよ。いいこと? もし、このことをバラされたくなかったら、あた
しの出す条件をのみなさい」
「条件?」
「ひとつ。この部屋のこと、この部屋の中で見聞きしたことは、他言しないこと。
 ふたつ。平日、授業がある時には、一日一度はこの部屋に顔を出すこと。でき
うる限り、それは放課後にすること。もし、あたし達がいなければ、ここに来た
というメッセージを残して行けばいいわ。
 みっつ。あなたの描いた過去の全作品を、あたしに見せること。
 よっつ。これから先描き上げた作品も、同様にすること」
「ちょっと待てよ。ひとつ目とふたつ目はともかく、みっつ目とよっつ目は……」
 過去の全作品だぁ? そんなもん、恥ずかしくて見せられるか!
「あ、そう。学校中に、あなたの秘密、バラしてもいいの?」
「それだけは嫌だ!」
「じゃあ、明日、持ってきてね」
 有栖川はニッコリと笑った。

 俺は地学準備室を出て、大きくため息をついた。
 一体、どこをどう間違えて、こんなことになったんだ?
 学制服のポケットには、地学準備室のドアの鍵と、例の部屋の鍵が入ってい
る。
 明日には、あの部屋に再び行って、有栖川容子に原稿を提出しなくてはならな
い。
「畜生。俺が何か悪いことをしたのか? 何で俺ばっかり、こんな目にあうんだ
よ!」
 いくらぼやいても、誰も返事をしてくれなかった。

(3)へつづく


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