| ブスの美学 | ─マリコさんの場合─ |
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2本立ての映画を観て映画館を出ると、外はもうすっかり暗かった。 「これから電車を乗り継いで帰ると、H駅に着くの、下手をすると8時半頃になるよね」 そわそわと腕時計を見ながら美姫が言う。H駅というのは美姫の家の最寄り駅のことだ。 「それから夕飯だと、遅すぎるよな。メシ食ってから帰ろうぜ」 「瀬戸〜。美姫は『帰りが遅くなって、まずいな』って意味で言ってるんだよ? 今から食事して帰ったら、9時過ぎになっちゃうじゃない」 とりあえず、瀬戸のマジボケにツッコミを入れる。 「マリコさんも美姫さんも、門限があるんですか?」 安原の言葉に、美姫は首を振った。 「アタシの場合、門限があるわけじゃないんだけどね。駅から家までの道沿いの商店が、軒並み8時で閉店しちゃうから、8時を境に帰り道がすごく暗くなって人通りもがくっと減るのよ。歩いて帰るから、ちょっと、ね」 「うちも門限はないけど家までは徒歩だし、あんまり遅いと親が心配するし……」 帰宅時間が遅いと親も心配するし、実際物騒でもあるというのは、生まれてこのかた17年以上も女をやってる私達には当り前の認識だ。 私だって、去年、学祭の準備で帰宅がひどく遅くなった夜、一人で駅から家まで歩いて帰る途中で変なよっぱらいのおっさんにつきまとわれた経験がある。 酒臭い息をしながら人の顔を覗き込むようになんだかんだと話しかけ、挙句、手を伸ばして胸に触ってこようとまでした。慌てて近くの電話ボックスに飛び込んで、家に電話をして考史に迎えに来てもらったのだけど、考史がダッシュで来てくれてそれに気付いたおっさんが逃げ出すまでの、ほんの5分ほどの時間がどれほど長く恐ろしいものだったか。 それ以来、帰り道にひと気がなくなるほどに遅くなるときは、駅から電話して家族の誰かに迎えにきてもらうことにしている。 とても男の人にとって魅力的だと思えないブスの私でさえ、そんな経験の一つや二つあるのだ。どこから見ても美人の美姫なら、もっと多く嫌な思いをしているだろう。 「夜道の女の一人歩きは物騒だ」というのは紛れもない事実だし、女として育ってきた私達はそれを十分に知っている。 だから私も美姫も、これ以上遅くはなりたくないと考えていたのだけど。 「じゃ、待ってるから、そこの公衆電話で『夕飯食べて遅くなるけど、心配するな』って電話してこいよ。安原、このあたりで美味い店知ってるか?」 「Mビルの地下にスパゲッティとカレーの店がありますよ。ボリュームもあるし、安い」 「ちょっと、ちょっと、親の心配だけが問題じゃないでしょ?」 何でもないように夕食の算段を始めた瀬戸と安原に私が言うと、瀬戸はあきれたような顔をして振り向いた。 「おまえなあ、ここに男が二人いるのに帰り道の心配するなよ。夕飯にはこっちが誘ってるんだから、家まで送るに決まってるだろう?」 「そんな、悪いよ」 「ん……」 私の言葉に、美姫があいまいに同調する。 あれ? 美姫の言い方、本気で「悪い」って遠慮してる感じじゃないな。 そうか、2分の1の確率で安原に家まで送ってもらえるわけだから、「悪いな」とすまなく思う気持ちと、「でも、安原に送ってもらえるなら、ラッキー」と思う気持ちが半々なんだ。 「悪くなんかない。夜道の女を脅かすのは男なんだから、それを防ぐ努力を払うのも同じ男としての義務てもんなの。ふとどきなヤローのために、女が割りを食う必要なんか無いの。だから、女は堂々とその義務を男に果たさせてくれりゃいいんだよ。な、安原?」 「家まで送って駅まで来たら終電がないなんてくらい家が遠いならともかく、そうじゃなかったら送るくらい大したことじゃ無いですよ。どうせ定期券があるから電車賃かからないし」 瀬戸の言葉に、安原がうなずいた。 ……まあ、そこまで言ってくれるんならなあ。 美姫が、「いい?」と言いた気な表情で私を振り向く。 美姫自身は半分以上その気なのに、つきあう私の都合を心配をしてくれてるんだ。 「送ってくれる方がそこまで言ってくれてるんだから、ここは夕食におつきあいしようか。ね、美姫」 私は美姫に笑いかけてやった。 「ところで、どちらがどちらを送ってゆくことにします?」 乗り換えの駅で通路を歩きながら、突然に安原が言った。 さて、これからが私の腕の見せ所。 「美姫の家って、駅からどのくらい?」 私は聞いてやった。 「徒歩、7分ってとこ」 なんだ、それなら簡単だな。 「私は徒歩15分だから、私の方が遠いね」 だから、先輩であり、ここまで遅くなった原因の言い出しっぺでもある瀬戸が、遠いほうの私を送るのが筋だ……と、続けるつもりだったのだけど。 「僕と瀬戸さんでは瀬戸さんの家の方が駅から遠いから、僕が遠いほうのマリコさんを送りましょう」 安原が余計なことを言う。 もう、それじゃ駄目なのよ〜。 「いや、俺が夕飯食べようって言ったから遅くなったんだ。俺が遠いほうを引き受ける」 あ、いいぞ、瀬戸っ。 「でも、それじゃ、瀬戸さんが家に着くの、凄く遅くなりますよ? やっぱり、僕が……」 先に立ってホームへの階段を降りて行く瀬戸と安原は、駅から遠い私の方を自分が引き受けようと主張している。 私は、ちらりと隣の美姫を見た。 ほんの少し、不安気な横顔。 そりゃそうだ。逆の言い方をすれば、安原が瀬戸に美姫を送ることを押し付けてることになるんだから、あんまり良い感じじゃないだろう。 階段を降り切った二人に、私は頭上から声をかけた。 「もしかして、二人とも美姫を送るの、嫌なわけ?」 もちろん、安原が否定するのを見越しての質問だ。 「あ、いや、そういうつもりじゃないんですよ。全然っ!」 案の定、慌てて安原が首を振る。 「だったら、安原が美姫を送ってやって。食事しようって言い出したのも、送るって言い出したのも瀬戸なんだから、言い出しっぺとしての責任を取ってもらわなきゃ」 「安原、面倒かけてごめんね」 まだ何か言いたそうに口を開こうとした安原に、美姫がすまなそうに言う。 うん、ナイスタイミング。 こう言われたら、もう、「面倒だなんて、そんなことないですよ」って返すしかないだろう。 そして、安原は、私の想像通りの言葉を口にしたのだった。 乗り換えてからの帰りの電車では、下り線の始発駅から乗るおかげで最後尾の四人がけの席を簡単に確保することができた。 「ところで、マリコも美姫も、学祭の直前の準備なんかで遅くなった時なんか、どうしてたんだ? 確か二人とも、遅くまで残ってたことが多かったよな?」 席にどっかと座り込んだ所で、瀬戸が聞いた。 校舎から独立した講堂が部室兼練習場所になっている吹奏楽部を始めとした校舎外に部室を持つ一部の文化部は、学園祭が近づくと夜の7時くらいまで練習や準備をすることがザラなのに対し、午後5時半に校舎を閉める都合で完全に締め出しを食らってしまう上に、美術準備室以外に資材を置く場所をキープできない美術部は、学園祭の準備の殆どを通常の部活動時間と早朝を利用してするしかない。 しかし、何年も前の先輩達の他の同じ事情を抱える部と結束した学校側との交渉の結果、期末テスト終了後から学園祭終了時までの期間だけは、校舎の戸締り時間は夜8時にまで延長されることになっている。それも、宿直室前の通用口の戸締りはせず、それ以降の生徒の居残りも黙認されるのだ。 もっとも、この状況は「親から学校への苦情が来ない限り」という但し書きの上に成り立っているため、各部それぞれに「遅くまで活動する時は、親の了承を得る」「居残りはしても8時半まで」「女子は7時で解散」などのルールを定めているらしい。 それでは我が美術部ではどうかといえば、居残り準備に対するルールは極めて単純で、「各自の自覚にまかせる」だけだ。親が苦情を学校へ持ち込まないようにちゃんと対策をすれば、女子も遅くまでの活動につきあえるのだ。 恵美は一年生の学祭の前からもうつきあっていた渡辺に家まで送ってもらえる時は、9時までに帰宅すれば良いという約束を親としたし、私が一年生の時には家のすぐ近所に同じ美術部の三年生の久美さんがいたから二人一緒に帰れる時に限っては多少遅くなってもよいという了解をとりつけた。 去年の私は、その前の年に別段危ないことがなかったので、「大丈夫、大丈夫」と一人で帰ることを親に了承させたのだけど、例のおっさんの件で全然大丈夫でないことがわかったため、それ以降は人通りの少ない時間になったら、駅から家に電話して家人に迎えに来てもらうということになった。 「アタシは、遅くなるときは電話して迎えにきてもらうことになってるから」 美姫が言う。 「私も」 「皆、苦労してんだな〜〜」 隣り合った席同士でうなずきあう私と美姫に、まるっきり他人事の口調で瀬戸は言った。 そりゃ、あんたにはひとごとでしょうよ。 「やっぱり、女子は早めに帰すようにした方がいいと思うか?」 「今まで通りで良いと、私は思うけど。家までの時間的距離、道のりの安全度、家族の協力の有無。一律で決めるには不確定要素が多すぎるよ。時間外活動はあくまでも自由参加ってことはみん承知してるし、早く帰る人を非難する雰囲気も参加を強制する雰囲気もないし、その状況の中で自分ができると思ってしてるんだから、部のルールで制限を加える必要はないよ」 「安原、写真部ではどうなってるの?」 美姫が、正面に座っている安原に話題を振る。 「写真部は、女子の入部が少ないので、ケースバイケースですね。去年、たった一人の女子だった3年生の先輩は、同じ写真部の3年生とつきあってたんで、送ってもらっていたみたいです」 「渡辺あんど恵美と同じパターンね」 「あ、あの二人がつきあうのに、どんな経緯があったんですか? 他の部員はみんな事情を知っているから逆にちゃんと説明してもらえなくて、僕、良くわかってないんですよ」 それからしばらく、渡辺と恵美が『自己紹介オリエンテーリング大会』の賞品の『美術部員モデル依頼権』がきっかけでつきあうことになったという経緯を安原に説明したり、その頃の思い出話なんかで盛り上がった。 「でも、僕は途中入部だから、『美術部員モデル依頼権』を手に入れるチャンスがなかったわけですよね? それって不公平だと思いませんか?」 ぴくんと、美姫の身体が固くなるのが、隣に座っている私に伝わってきた。 「なあに? 安原、部員でモデルにしたい人でもいるの?」 美姫が、内心の動揺を押えながら安原を見上げる。 美術部の中に、安原の興味を引く人間がいるというのは、美姫にとっては寝耳に水の話だったろう。ましてそれが女子部員だったら、美姫にとってはライバルの出現だ。 「まあ、僕がモデルにする時は、絵じゃなくて写真になりますけどね。個人的にポートレートを撮ってみたい人ってのはいますよ」 「それって、渡辺みたいな下心があっての希望?」 私は美姫の聞きたいことを代弁してやった。 「あ〜〜、どうでしょうねえ?」 困ったように笑ってから、安原は私の方を見た。 「マリコさん、モデルになって確かめてみますか?」 え? 一瞬、何を言われたのか判らなくなる。 私が「モデル依頼をしたいというのは、特定の女子部員とお近づきになりたいという下心があるからなのか?」という意味で聞いた言葉を、安原は「どうでしょうか?」と誤魔化した。安原はそうではないときにははっきりと「違う」と言う人間だから、ということは、少なからずお近づきになりたいと思っている相手がいるという意味。 でも、その後に私に「モデルになって確かめてみるか?」って…… 私はブスだから、絵だって写真だって、モデルになんかなれる題材じゃない。そんなのわかりきっている。 それなのにそんな私に「モデルになってみるか?」なんて言うってことは、つまり、安原は本気で私にモデルになって欲しいって思っているわけじゃないってこと。 じゃあ、なんで私にそんな言葉を言うんだろう? 私に、どんなリアクションを期待しているんだろう? 「もう、何、馬鹿なコト言ってんのよ、このコったら。オバさんをからかうんじゃありませんよ」 私は、顔の前に上げた手を手首の所から上下に振って笑いながら言ってやった。 道化になってやるしかないじゃない。安原は、私をネタにこの質問を茶化して誤魔化したいのだろうから。 「マリコ、それ似合いすぎだぞ」 瀬戸が笑う。私の隣で美姫も吹き出す。 ほら、安原、安心しな。ちゃんと協力してあげたよ。 苦笑しながら安原が何か言おうと口を開けた時、ちょっとした減速のショックとともに、美姫の降りる駅をアナウンスする声が車内に響いた。 「あ、ほら、美姫、安原、H駅だよ」 私は美姫と安原をせかして立ち上がらせた。 「じゃあ、また明日ね」 美姫が通路に立ちながら小さく手を振る。 「さようなら」 いつも通りに礼儀正しい安原の挨拶を最後に、二人はドアの方へ歩いて行った。 二人の背中を見送りながら、私はふと、「安原がお近づきになりたい相手って、美姫かもしれない」なんて思った。 それならあんな歯切れの悪い言い方も納得できる。 そう、安原が興味を持っている相手が、今ここにいないなら、安原ならもっと別の言い方をしたと思う。「下心があるの?」と聞かれて「はい」断言し、照れたように「相手は聞かないで下さいよ」なんて付け加える、そんな安原の答えは簡単に想像できた。 でも、目の前にその相手がいたら、逆にそんな風には答えられないだろう。 自分が他の女子部員に興味があると思われるのも嫌だけど、だからといって面と向かってあなたに興味があるとも言いにくい。そんな言葉を冗談に紛れさせてうやむやにしてしまうのは、誰でも使う常套手段だろう。 そして、私はその冗談のためのネタにされただけなのだ。 やがて耳障りなブレーキ音をたてて列車が止まる。美姫と安原はもう一度こちらを見た。そんな二人に手を振ってやる。美姫は手を振り返しながら、安原は小さく会釈を返しながら、二人はドアをくぐり車内よりも暗いホームへと歩み出した。 美姫が、安原を見上げながら何かを話しかけている。安原が笑顔を向けながら、それに答えている。プシューと音を立てながら、ドアがそんな二人と車内の世界を切りわける。 走り出した電車が、改札に向かって歩き出した二人をゆっくりと追い越す。 車内の私達に気がついた二人が、ガラス越しに最後の挨拶を送ってくる。それに軽く合図を返した私の目に、窓ガラスに映り込んだ自分の姿が入ってきた。 それがきっかけだった。 不意に、胸の辺りに熱くて大きな塊がこみあげてきた。 「マリコ?」 急に立ち上がった私に、瀬戸が怪訝そうに声をかける。 「ごめん、ちょっと一人になりたいから。私、一人で帰れるから、心配しないで」 私はそれだけ言って、今まで座っていた席を離れた。 とにかく知り合いである瀬戸から遠ざかりたくて、今までいた最後尾の車両から先頭の車両まで早足で歩いて行った。 ひと気の少ない先頭車両に、誰もいない四人がけの席を見つけ、背もたれに隠れるようにそこに座り込む。 とたんに、頬から膝の上に涙の粒が落ちた。 今まで散々、ブスだけど姐御肌でちょっと面白い自分を演出していたんだから、安原から今回みたいな笑われる役を押し付けられたって本望のはずなのに。 なのに、なんでこんなに泣けてくるんだろう? 喉から漏れてこようとする嗚咽を殺しながら、私は今日映画館で観たオカルトコメディの映画を思い出した。ものすごく太ったオバサンが、幽霊と出会って悲鳴を上げると、幽霊もそのオバサンのあまりにひどい容姿に驚いて悲鳴を上げて逃げ出すという、コメディではごくありふれたシーン。 でも、あのオバサン役の女優さんは、あんな風に自分の欠点を笑われることを仕事のネタにしている自分自身に傷つかないんだろうか? 自分の身体的な欠点を個性として仕事に生かすことで、「この個性があったから仕事ができるのだ」「こうやっているのは仕事だからだ。笑われてやっているのだ」と自分に言い聞かせて、必死に欠点を長所と思おうと努力しているのかもしれない。けど、本当にそう思えるんだろうか? 好きな人に自分のそんな仕事を見られて、笑われて、平気でいられるんだろうか? 私にはできない。 好きな人に自分のコンプレックスの源を笑われるなんて、こんなに堪らないことなのに…… ……好き? 誰が? 誰を? そこまで考えて、私はふと喉の奥で押し殺しているものがすでに嗚咽ではなく笑いにかわってしまっていることに気がついた。 ああ、そうだね。 もう駄目だ。自分自身を誤魔化しきれない。 私、やっぱり安原が好きだったんだ。 美姫が安原を好きだと告白した時よりずっと前から、心の底で美姫が安原を好きかもしれないって思いはじめた時よりもっと前から。だから、美姫が安原のことを好きらしい素振りがあっても、それに気付かないようにしていたんだ。 声に出して笑い始めたら、きっと止まらなくなるから。 車内でポロポロ涙をこぼしながらバカ笑いするブスというのは、ぞっとしない光景だから、ここは笑っちゃいけないね。 ああ、こんな時でさえ感情のままに行動できないって、我ながらなんて厄介な性格なんだろう。 そう思うとさらにおかしくなって、私は必死で笑いをお腹に押し込めた。ひくひくする腹筋が苦しい。 降車駅を告げるアナウンスに、私はハンカチで涙を拭いながら立ち上がった。 ホームに降り立ち、先頭車両が通りすぎてしまった改札口の方を見ると、向こうから歩いてくる瀬戸が目に入った。 今まで乗っていた電車がドアを閉め、がったんと大きく身じろぎしてからゆっくりと動き出す。その横を、瀬戸はすたすたと改札に歩いて行き、その前で立ち止まって私の方を振り向いて言った。 「何、ぼ〜っと突っ立ってんだよ。とりあえず、改札を出ようぜ」 私は慌てて瀬戸に駆け寄った。 「一人で帰れるって言ったのに、聞こえてなかったの?」 「聞こえてたけどさ。親に『送ってもらうから』って電話したんだから、その通りにしないと信用なくすだろ? もう、電車は降りちまったんだから、潔く送らせろよ」 目だって潤んで赤くなっているだろうし、鼻だってぐすぐすさせている。私がさっきまで泣いてたことくらいすぐにわかるだろうに、そんなこと気がついていないかのような瀬戸の、いつも通りの喋り方。 「しょうがないなあ、送らせてあげるか」 わざと胸を張りながら私がそう言ってやると、瀬戸は握った右手を自分の胸に当てながら仰々しく頭を下げた。 「ありがたき幸せにございます」 それから顔だけをひょこっと上げ、瀬戸は私に向かってにっと笑って見せた。 私達は二人で大声で笑いながら、怪訝そうな表情の駅員さんに定期を見せ、改札を通り抜けた。 |